
若き現場リーダーの皆さんへ 第二回 「 あなたの中の村上春樹 」(現場リーダー、村上春樹、文化的雪かき)
2025年4月30日
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「 誰がやってもよいのですが、でも誰かがやらなくてはならない仕事 」(現場リーダー、村上春樹、文化的雪かき)
日々の仕事というものは、たいていがワクワクとは無縁の、どちらかというと型にはめられた、おもしろみのなさそうなものが大半で、
それが、とっかえひっかえ自分の前に現れてきては、すき間なく自分の時間を埋めていってしまう、その繰り返しとなりがちです。
ですので、自分にできることと言えば、次から次へと、現れる仕事を効率よくこなす、ということになるわけですが、
日々の繰り返しの中、ちょっとした工夫で、上手くこなせるときと、ちょっとしたきっかけで、思わくと外れてしまうということもあり、
それに一喜一憂しながら、帰宅時のビールを楽しみに、日々を過ごしてしまっているという方も多いのではないかと思います。
気が付くと、いつの間にか、仕事をやり過ごすという癖がついてしまい、
これは、終わりのない雪かきなのでは?あるいは誰かの与えた罰ゲームなのでは?
とおもいはじめることもあるかと思います
< 文化的雪かき >
(現場リーダー、村上春樹、文化的雪かき)
罰ゲームかなにかという、陰謀説はひとまず置いておいて、

雪かき仕事というのは、実は、悪くないたとえなのかもしれません。
村上春樹の初期の作品に、”文化的雪かき”と言う台詞が出てきますが、
かいてもかいても雪は降ってくる、誰がやってもよいのですが、でも誰かがやらなくてはならない仕事
それを、村上春樹は、”単に空白を埋めているだけの単純な仕事、でも僕にはそれが向いている”
と、似たような台詞を主人公に語らせています
単に空白に文字を埋めていくという作業を、(確か記憶では小さな翻訳会社か広告会社勤務の)主人公が、
仮に日々効率よくタイパ、コスパ重視でこなしていっていたとしたら、
”文化的な雪かき”という、素敵な言葉は現れてこなかったように思います
主人公は、その空白に、どのように文字を埋めていけばよいのかを、
テクニックとして、おそらくかなりエレガントな方法として身に付けていて、
でもそれを、” 単に”と、誰でもちょっと慣れればできる仕事のように捉えて、流してしまうと同時に、
でも、”それは僕に向いている”と、強力に自己肯定しているように見えます。
< 空白を埋めているだけの単純な仕事
それこそが大地性(地に足を付けた日々の営みから学ぶ力)>
(現場リーダー、村上春樹、文化的雪かき)

雪かき仕事に意味を持たせるなど、手段の目的化の最たるもので、と聞く耳持たない効率主義者には、おそらく言葉は 届かないのでしょうけれども、
雪かき仕事、誰かがやらねばならないけど、誰がやってもよくて、その人がやらなくてもよい仕事
でも、その仕事をすることに、その人が日々憂いているだけでなく、一喜一憂をたしかに感じているとしたら、
その人には、ほかの人には見えないなにかが見えていて、
そして、その見えているなにかが、その人を喜ばせているとしたら、
どうでしょう。
空白というのは、なにもないわけですから、
空白になにを見るか、空白になにを入れるかは、その人次第で、
その人にしかない大切なものをこっそり入れておいても、別にばちは当たらないですね。
< 単純作業の連なりと繰り返しが、今の自分の目を育ててくれた >
(現場リーダー、村上春樹、文化的雪かき)

自分の場合、機械設計で、長年ずっと文化的雪かき仕事をやってきて、ふりかえって感じることは、
なにも特別なことをして、設計に習熟したわけではなく
日々の設計作業として、先輩の図面を読むこと、CADで図面を描くこと、専用ソフトでシミュレーションをして強度や温度の計算をすること、
これらの単純作業の連なりと繰り返しが、今の自分の目を育ててくれたのだなということです。
日々の単純な繰り返し作業をしていると、今まで見えなかったことが、目が慣れてくるのか、ちょっとした違和感として、コレはなにか違うぞと、見えてきます。
あの、ずっと同じ文字を見ていると、まったく違う形に見えてくるゲシュタルト崩壊のようなことが脳内で起きているのかどうかはわかりませんが、
いつも同じように決めるねじサイズが、どうも今回は大きく感じる、いつもびっちり実装しているはずの3Dモデルが、なぜか今日はスカスカに感じる、いつものシミュレーション結果が今回は少し良すぎる、いつも取引出すユニットのレールが、今日はなんかちょっと引っかかった、、、